![]() |
「渇望」 1994年(8mmfilm 5分) 解 説: 今見直してみると、この頃の自分は何を考えていたんかな〜、と無責任にも思ったりします。覚えているのは、とにかく既存の言葉では形容しきれないような感情…例えば子供の頃に漠然と感じた、自分はなんでここにおるんやろ?といったような不思議な印象…そんな曖昧な印象をなんとか形にしようとしていました。 結局、漠然とした印象を形にしようとすると、漠然とした形にしかならない、という当然の結果 にたどりついていることが分かると思います。 |
|
|
|
![]() |
「予感」 1995年(8mmfilm 14分) 解 説:これは、長編の[Convulsions]の撮影中にその出演者で「すぐに撮れるような短編はないかな」と思いつき、以前に習作のために書いていたシナリオを直して撮影したものです。 できるだけ一度に出演者全員が集れる日といったら一月二日しかなくて、正月気分まっただ中で撮影したことが、個人的には可笑しくてたまりませんでした。なぜならこの作品に描かれているのは、「生」の不安に襲われ、自らを傷つけようとするある女性が、何らかの幻ー白昼夢ーのようなものを見て自分を再確認する、といった内容だからです。俺は一体正月早々何してるんやろ?って。 けれど、そのお陰で郊外のロケで望み得る以上の静けさを画面に収めることができたので結果 オーライでした。 |
|
|
|
![]() |
「convulsions」 1997年(8mmfilm 72分) 「ニュー・ナラティヴ・ドキュメンタリー」といえる新しいタイプの映画が、震災後の神戸を背景に登場した。映画という表層をまとったパフォーミング・アーツ。 「convulsions」という題の、8ミリフィルムの長編映画が現れた。この映画の新鮮さを、消去法で伝えなくてはならないのは不幸なことだろうか。登場人物たちは互いに交差し、その接点を境に描かれる主体がクルクル変わる。でも、トリュフォーじゃない。登場人物たちは何かを目撃したかのように、一目散にカーブした道を通 り抜ける。でも、マヤ・デレンでもない。3枚の写真をめぐるこの心理劇(と私はみたが)は、類型化されたドラマツルギーを巧みに記憶の中から呼び起こし、イメージの群に混載させることで映画の復興を企てたのだ。震災後、もはや整地となった空き地で撮影隊が行動を起こしている。その向こうから、物資を運んでくる長い長い列の貨車が通 り過ぎる。コンテナが一台一台、画面の端に消えるたびに数を数えるようにこう呟きたくなる。新しいトリュフォーが来た、デレンが来た……と。 (中島 崇) 解 説:とんだことをしてしまった作品です。観客のことなどひたすら無視して可能な限り物語の説明を省略し、観客がバラバラになったジグソーパズルを自分で組み立てていくように、観客自らが物語を見い出すように仕向けたのです。結果 、多くの観客は分からない、と頭を抱え込む事になってしまい、またある特定の観客だけを喜ばせることになってしまいました。 よく、この作品の欠点として台詞が一切ないことを指摘する人がいますが、それは的を得ているとは言えないでしょう。むしろ私自身の撮影技術の不足、カメラワークの不確かさ、がこの作品の足を引っ張っていると思うのです。映像そのものの表現力の未熟さが。しかし、上映するたびにこの作品は私にある大事なことを思い出させてくれます。それは映画を見る観客というものは決して自ら想像力を働かせようと能動的な姿勢で席についていないということです。映画を作る人間がこの教訓を忘れたとき、その作品はひとりよがりなただの自己感情の露呈に終わってしまうことがよくあります。 |
|
|
|
![]() |
「メビウスの卵展 in Cap
House」 解 説:これは、メビウスの卵展という非常に面 白い美術展が、神戸のCapHouseというアートスペースで行われたとき、偶然知り合いになったこの美術展の代表の方に依頼されて撮影したものです。 「美術作品の紹介」という趣旨の中にちょっとしたユーモアを織り交ぜたのですが、あまりにもそのユーモアを微細にちりばめたので多くの人は不満を露にします。個人的にはそのあまりにも地味すぎるユーモアがたまらなく気に入っているんですが。 |
|
|
|
![]() |
「Benjamin Brothers」
2002年(DV10分) 解 説:後から見直してみて、あそこはこうすれば良かったと思い直す点が多々あるのです が、僕にとっては大のお気に入り作品です。 この作品を冷静に語ることはできません。震災のあった1997年から僕の作品に出 演し続けてくれた友人で、この作品では主演を演じてくれた神原主税君の最後の作品 となってしまったからです。僕も大好きなこの作品のファーストシーンは、神原君と ああでもない、こうでもないと、夜遅くまで話をしてできたものなんです。この作品 ではこれからも一緒に作品を作りたい、と思わざるを得ない才能ある方たちと出会え たことも僕には大きな収穫となっています。カメラマンの潤井君、音楽のKen Kohda さん、編集の山田君、女優の寺岡さん、それぞれが僕の映画以外の分野でも活躍して いる方々です。この作品にも現れてる極めて地味なユーモアがこれからの僕の作品の 根底をなすことになるでしょう。 |
|
|
|
![]() |
「Midnight Swing」 2002年(DV6分) 解 説:映画を作ろうと思うと、常に解決しなければいけない非創造的な事柄があまりにもた くさんあります。出演者・スタッフとのスケジュール調整、クリアな音声の獲得、望 みうるロケ地の確保、移動の交通手段 etc.数え上げたらきりがありません。 そんな頭を悩ます諸事情を忘れて、ただ単にカメラを持って撮影して、それに音をつ けて、という風に単純な映画作りを久しぶりに味わいたくて作った作品です。音楽は 「Benjamin Brother」にひき続きKen Kohdaさんにお願いしました。しかし、その Ken Kohdaさんの「上映に間に合わないかもしれない」との連絡を受け、編集の山田 君と急遽CDをサンプリングしたのですが、それも結構面白い仕上がりになったの で、幸田さんが音楽を担当してくれたデジタルバージョン、とベンジャミン&アチク チ宗玄こと山田君による架空の音楽家「高木ベン」なる人物が音入れしたバージョン との二通りのバージョンが出来上がりました。僕はそれを「モテモテ男バージョ ン」と「モテない男の哀愁バージョン」と名付けています。 |
|
|
|
![]() |
「ベンジャミン劇場。」
2002年(DV10分)
|
|
|
|
![]() |
「How to Midnight Swing」 2002年(DV4分) 解 説:「Midnight Swing」のパロディ。 「Midnight Swing」の撮影時、無心になってカメラを回すBenjaminの声に感じるとこあり、その音声を使用してミッドナイト・スウィングの裏バージョンを作ってみました。(続編予定あり) |
|
|
|
![]() ![]()
|
「大阪芝居」(舞台映像)
2005年(DV10分)
|
|
|
|
![]() ![]() ![]() |
「PINK PIG BLUES 2005」(舞台映像)
2005年(DV50分)
|
|
|
|